タイトル
思い出となんかちがうぞ

『ディシディアファイナルファンタジーNT』が発売となりました。SNS向けのキャンペーンとして「#FF旅」というプロモーションをやっており、その導入動画が過去作品を一文で紹介されています。が、その紹介がヒドイ。コピーライターとしては3流の仕事。そもそも作品の本質を何もわかっていない人が作っているのが明白でゲンナリする…といった内容の記事です。

※2月5日に追記。




ブログ代表
こんばんわ、レトロゲームレイダース/ジョーンズ博士です。

『ディシディアファイナルファンタジーNT』公式ホームページにある1コーナーの過去作品の説明が、過去作品をやっていないヤツが作ったっぽい&その作品で言うべきはそこじゃねぇ感満載で、古参のFFファンが怒りのリミットブレイク発動状態です。

本当はこういう揚げ足をとるような企画はやりたくないのですが、ファンの懐かしい気持ちを刺激する企画で気持ちをしぼませるという、コンテンツマーケティングとしてちょっとヤバい域のプロモーション企画と思いますので、シリーズの作品説明を兼ねて、取り上げさせていただきます。



FINAL FANTASY I
redline

コーネリアの地に現れた光の戦士達が、
世界に平和をとり戻す旅


前半は、まあ大体OK。FF1は時間のメビウスの輪にとらわれて、永遠に戦い続けることになった光の戦士と<混沌>の物語なので、「現れた」という言葉を使っている点は良い。が、後半がダメ。「世界に平和をとり戻す」というのは間違っていないが、作品のキーである4つのクリスタルについてふれるべきだと思います。

「旅」をテーマにしていることとファンの思い出を掘り起こすことがキャンペーンの目的ならば、スタート地点の地名を出すのはいいアイデア。しかし、FF1の旅の一番のポイントは2000年の時を飛び越えるところにあると私は思うのですが。


=代替案=
クリスタルの光をとり戻すため、
地の底、宇宙、2000年前までつづく探求の旅




FINAL FANTASY II
redline

地獄の魔王の城パンデモニウムから
世界征服を企てる「皇帝」を討つ旅



素晴らしい、すべて間違っている。皇帝は最初からパンデモニウムにいない。山深いパラメキアから魔物の力を借りて世界征服に乗り出したのが正解。ストーリーの中盤でフリオニールたちに敗れて一度死ぬものの、地獄にいる悪魔の力で甦り、地獄の眷属を率いて地上に復活したというのが正解。

そもそも主人公たちは皇帝を討つ旅をしていない。結果的に、戦局の変化から皇帝を討つしかなくなったというのが正しいと思います。ていうか、そもそもこのキャッチコピー、ダサイ。

=代替案=
帝国軍と反乱軍の戦火の中、
自由を求めて剣をとる少年少女たちの旅




FINAL FANTASY III
redline

世界の片隅に浮かぶ浮遊大陸から
飛び立つ光の戦士たちの冒険旅



浮遊大陸があるのは世界の片隅じゃないし。浮遊大陸から飛び立つことは作品の特徴ではあるけれども、作品のテーマはそこではないと思います。村の悪ガキ4人衆だった主人公たちが、クリスタルからの啓示を受けて、故郷を飛び出し、いろいろな人たちと出会い、強大な闇の眷属たちと対峙して、光の戦士に成長していくのが『FFIII』だと思うんですよ。あと、「冒険旅」という言葉はありません。

=代替案=
クリスタルの啓示を受けて、
世界を覆う暗闇を打ち払う光の4戦士の旅




FINAL FANTASY IV
redline

月の民の血を引く兄弟が相争い、
邪悪な意志から青き星を救う旅



セシルとゴルベーザはたしかに兄弟同士で戦い合うわけですが、本作のテーマは光と闇、愛と憎だと思います。受け入れるチカラと拒絶するチカラ。だから対峙しているのは、セシルとゼロスという構図の方が作品の解釈としては正しいのではないでしょうか。ゴルベーザの存在感は大きいのですが、彼も、カインも、自分の弱さに負けた犠牲者でもあるわけで。

=代替案=
光と闇、愛と憎、表と裏、
2つの月と世界の謎を解き明かす旅



FINAL FANTASY V
redline

次元の狭間の「無」の力を求める
エクスデスの野望を打ち砕く旅



これも違和感があるんですよね。たしかに最終的にはエクスデスは「無」の力を求めるわけですが、作品の核にあるのは「存在理由」みたいなところが『FFV』だと思うんですよ。ファリスは育った環境か血筋かで本当の自分について悩みますし、バッツも旅の中で明かされる父親の正体と使命と思いを知って自分の進むべき道を決める。エクスデスに至っては世界の法則から外れた生まれかたをしたがために、すべての生に対して憎悪のような感情を抱いており、力を手に入れることで自らの存在を正当化したい節がある。しかし、最後に手に入れた力が「無」というのは必然というか皮肉ですが。

=代替案=
1つの闇、2つ世代、3つの世界、4つの心、5つ目の旅



FINAL FANTASY VI
redline

幻獣の血をひく少女が"愛"に
目覚め、破壊神から世界を守る旅



そもそも『FFVI』は群像劇であって、誰かが主人公の物語ではなく、誰でも主人公の物語でもあるという作品。ティナにフォーカスが当たっているのは、ディシディアファイナルファンタジーNTならば分かりますが、作品紹介としては間違っているのでは。それに、ティナは愛に目覚めたから破壊神と対峙しようとしたわけではなく、「人を愛することができる」と知ったことで、人間か幻獣か分からない自分に自信が持てたというところが重要なのではあるまいか。それに、ティナが特別な血筋だから対抗できるのではなく、非力な存在である人間が、それぞれの長所を活かして手を取り合うことで、巨大な敵と渡り合うというところが『FFVI』のいいところなんじゃないかな。

=代替案=
1000年前の魔大戦からはじまった
世界の歪みに立ち向かうリターナーの旅




FINAL FANTASY VII
redline

星と人類の敵と化した"英雄"との
「星の未来」をかけた戦いの旅



事実だけをいえば、これで合っているんだけど。キャッチコピーがバカっぽい。なぜ、クラウドたちは旅をつづけたのか。その理由は、星の未来をかけたなんて崇高なものではなかったと思います。1人ひとりが実に人間的な理由で戦う意味を見つけて戦いに身を投じたというのが『FFVII』という物語ではないでしょうか。セフィロスはたしかに英雄ですが、彼にも選択肢はあったわけで、最終的に母親というべきJENOVAに支配される道を選んだところに人間らしさもあり。最終的に人類の敵になってしまうんだけど、弱さと強さを正反対に持つクラウドとの関係性がまったく匂わないところが、むむむ。

=代替案=
星を砕く者、星を守る者、
儚くもろく弱くて強い人間たちの旅




FINAL FANTASY VIII
redline

愛する人との「未来」と世界を
守るために、未来の魔女と戦う旅



「愛する」と「未来」という言葉があまりにも軽い。

=代替案=
ガーデンで育ちのSeeDたちが、
世界にかけられた魔女の呪いを解く旅




FINAL FANTASY IX
redline

霧がすべてを覆い尽くすこの世界で、
"いつか帰るところ"を知る旅



後半は上手く言い表せていると思います。ただし、前半は世界設定の説明をしているだけ。作品のテーマには「生きる」というものがあります。これは個人が生き延びることではなく、今、ここに自分が存在しているということは、ずっと続いてきた命とドラマの連鎖によってなしえた奇跡。自分で終わらせることもできるけど、先に進めることもできる。一人ではできないから、手を取り合う必要がある。助け合う必要がある。その重さと大切さを知った旅立ったからこそ、その連鎖を断絶しようとする敵との戦いが熱い。それが『FFIX』だと思うんだけどなぁ。

=代替案=
誰もが持っている、
いつか帰るところへまた戻るための旅




FINAL FANTASY X
redline

「シン」なきナギ節のために、
命をかける召喚士の少女を救う旅



『FFX』って、真の意味でのシリーズ原点回帰だと私は思っていて。『FFI』って実は戦いの輪廻にとらわれて永遠に抜け出せない光の戦士の話で。『FFX』も世界の法則としては同じことが必ずくり返され続けるというところは同じ。でも、たった1つのイレギュラーによってその輪廻が破壊される話なんだよね。そのイレギュラーが主人公ティーダなわけですが。世間知らずの口だけで「ユウナを助けたい」と言っているガキが本当にユウナを助けられる唯一の存在だったという展開が熱いわけで。まあ、そう考えると、これでもいいのかなぁ。

=代替案=
定められた世界の法則と立ち向かう、
出会いと決意と消滅の旅




FINAL FANTASY XI
redline

「神の扉」を開くジラート王子の
計画を阻止する冒険者達の旅



なんでジラートやねん。

=代替案=
ヴァナ=ディールと共に生きた、
幾多の脅威と幾千万の冒険者たちの旅




FINAL FANTASY XII
redline

亡国の王都ラバナスタから始まる、
世界に新たな歴史を築く旅



なんかピンと来ないよね。『FFXII』の物語って、「生きかた」みたいなところがテーマ性として感じられるわけ。何に縛られているか。何を心の支えにしているか。だから、ジャッジみたいな存在と空賊という存在が、対比するかのように描かれていると私は思っています。じゃあ、どういうフレーズにすればいいかというと悩みどころではあるのですが、このように大きな話ではない気がするんですよね。

=代替案=
運命という呪縛に抗い、
自由を求めて大空をかける幻想の旅




FINAL FANTASY XIII
redline

"閃光"の名を持つ女戦士と
仲間達の過酷な宿命に抗う戦いの旅



開始早々に挫折した作品なので、コメントを控えさせていただきます。



FINAL FANTASY XIV
redline

闇の使徒「アシエン」とガレマール帝国の脅威に立ち向かう、
光の戦士達の旅



『FFXI』のときと同様に、一部の話に寄りすぎていませんかね。



・・・と、好き勝手に語らせていただきました。すべての作品をがっつりやり込んでいるわけではないので、文字数にかなり差が出てしまいましたが(笑)、やっぱり違和感があると思うんですよね。いかがでしょうか。


1クリックお願いします記事が面白いと思ったら1クリックいただけると助かります!